■『京のアジェンダ21』
『京のアジェンダ21』は、京都市において持続可能な社会を実現するために、今後どのように環境問題に取り組んでいったらよいのか? その指針を示す環境取組の行動計画です。その成り立ちには、特別な経緯がありました。
●国際的経緯
まず、国際レベルの環境会議からアジェンダ21が産まれました。1992年にリオデジャネイロで地球サミット(UNCED:国連環境開発会議)が開催され、人類全体が手を取り合って、21世紀に向けてどのように持続的な社会を作っていくべきか、その指針が作成されました。この行動計画書は「21世紀に向けた計画書」という意味で「アジェンダ21」と名付けられ、国際的な環境取組の基準となりました。この計画は、条約のように法的な拘束力があるものではありませんが、その後の各国の環境政策に強い影響を与えました。
このアジェンダ21の中では、各国、各地方自治体でも、その地域に合わせた地域版のアジェンダ21を策定することを推奨しています。これをローカルアジェンダ21と呼びます。日本政府も1993年には、ローカルアジェンダ21を作成し、国連に提出しています。
●京都市における経緯
京都市では、1997年の地球温暖化に関する国際会議(COP3:気候変動枠組み条約第三回締結国会議)を開催するホスト市に決まったことを受けて、1996年には、市が京都市地球温暖化対策地域推進計画を策定しました。この計画をより官民協働で押し進めていこうという目標の元に、京都市においても、ローカルアジェンダ21を策定しようという気運が高まりました。
国連のアジェンダ21は、ローカルアジェンダ21を作成する際に、「行政のみならず、産業界や学術界、および市民たちが広く協働して、計画段階からより強いパートナーシップを形成すること」を推奨しています。この理想を鑑みて、各界を代表する識者が集まり、「京(みやこ)のアジェンダ21検討委員会」が設置され、真摯な議論が交わされました。その会議は一般に公開され、市民を集めたシンポジウムも行われました。
●『京のアジェンダ21』の特徴
こうして京都市において1997年10月に『京のアジェンダ21』が策定されました。国連の元祖アジェンダ21に掲げられた理想を色濃く反映した、優れた環境行動指針だと評価されています。その後、国内他地域において、ローカルアジェンダ策定の模範とされてきました。
「京のアジェンダ21」が優れているとされている点は、
- 上に述べたように官民協働の議論の中で練り上げられて作成されたこと。
- 各主体の消費行動抑制をうたったミクロな主張にとどまらず、産業、経済やまちづくりなどにも及んだマクロな社会変革を提案していること。
- 行政内部の部局の縦割り、官と民との壁、産業間の対立などを越え、環境問題のテーマごとに連携する、協調的な解決策を推奨していること。
- 策定後も環境取組として実践が実際に推進されるよう、官民協働によるパートナーシップ組織を設立するとしていること。
などが挙げられています。上記4.のパートナーシップ組織として設立されたのが、当「京のアジェンダ21フォーラム」です。なお、より詳しく内容を知りたい方は『京のアジェンダ21』(全文)をご参照ください。